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誰もが本当にやりたいことをやれる社会へ。

理想を追求し続ける男が目指す日本の未来。

慶應大学から三菱商事へ。誰もが羨むエリート街道を捨て、完全実力主義の営業の世界へと飛び込み、

営業未経験にも関わらずルーキーとしてダントツの成績でトップの座に輝いた男がいた。

男の名は唐神耶真人。大きな肉体で素直に浪漫を語る。

彼の夢はとてつもなく壮大で、しかしシンプルだった。エリートを捨て突き進む彼が目指すものとは。

 唐神 耶真人 / KARAKAMI YAMATO

1991年生まれ。北海道出身。慶應大学卒業後、三菱商事に入社。2年後、プルデンシャル生命に転職。入社1年3ヶ月にも関わらず圧倒的成績で入社2年目以内の営業マントップの成績を収める。約3800人の全営業マンの中でも上位2%以内に。入社わずか7ヶ月にして卓越した生命保険と金融サービスの専門家による国際的かつ独立した組織であるMDRTにも入会。

勝ちたい思いが誰よりも強かった学生時代。

人がしない努力をするのが成功の鍵。

見るからにスポーツマンらしい屈強な体格。小学生の時からその片鱗を覗かせていた唐神氏は親の勧めで剣道に水泳、サッカーなど様々な習い事に通っていた。

そんな唐神氏のターニングポイントの一つが中学1年生から始めた柔道だ。

「強くなりたいって思いで柔道部に入りました。今でも初戦の事は明確に覚えています。当時はあがり症がすごくて、緊張しすぎて格下の相手に一本負けをしました。むしろ自分から倒れたんじゃないかって感じです笑」

 

当時の思い出を笑いながら話す唐神氏。だが、そんなほろ苦いデビュー戦から3年後、札幌市のチャンピオンとなる。そして高校へ進学した唐神氏は独自の練習方法で周囲をさらに圧倒することになる。

「高校は進学校で部活は強くなかったので、1人で大学の練習に参加していました。強豪校に一人で行ったりしてそこで揉まれて強くなったと思います」

自ら進んで他校や大学に練習に行くことは中々できるものではない。

「強くなりたいのに弱い環境でやっていても強くはなれない。練習を一生懸命やっててもそれは普通のこと。みんながやっている事をみんなと同じようにやっていてもダメなんです。

それ以外で他の人がしないことをやらないと。僕は純粋にカッコよくなりたいという思いと、勝ちたい思いが誰よりも強かっただけです」

誰よりも強く、かっこよく、そんな純粋な想いが唐神氏を突き動かしていた。

高校卒業後、ホームステイの経験などもあり、海外の文化に強く惹かれた唐神氏。

海外の大学への進学を考えたが慶應大学へ進学する。その背景には親の意向があったと言う。

「何をするにも親の意向を気にする子でした。親が良いと思う選択を無意識のうちにしてしまう。なので親に相談した時に、海外に行くのは逃げだと思われるからまずは日本の大学へ行きなさいって言われて素直に従ったんです」

大学進学後は柔道とは違ったチームスポーツであり、自分の体格を存分に活かせるスポーツとしてアメフトを選択。不安はなかったのだろうか。

「もちろん不安は多少ありました。でもそれよりも、できないのは当然なんだから頑張ればいいだけって思いの方が強かったです。柔道を0から初めて結果を残せたので、勝つためのプロセスは変わらないと思っていました」

自らの特性を活かし、いかに他人と差別化して勝つか。

スポーツを通して唐神氏が学んだ勝利の方程式は今の仕事にも通ずるものがあると言う。

「できるからやるのではなくて、やりたいからやるわけなんです、能力を信じるんじゃなくて可能性を信じるんです」

そんな唐神氏もチームのリーダーになり悩み、葛藤した時期があった。

「キャプテンとかリーダーがやる気あるのは当たり前。チームの強さは試合にも出ていない、一番やる気のないような人で評価されるんです。全員が勝ちたいって強く思っているチームが強いんです。僕は背中で語るタイプだったのでまずは自分が率先して誰よりも強い思いを持って、それでいて誰よりも楽しくやっていました。そのうち楽しくてやる気のあるメンバーが増えてくる。そうすると磁石みたいにみんなそっちに引き寄せられるんです」

大晦日の自分との約束。

自分の可能性を広げる新天地へ。

唐神氏の実家は札幌では有名な事業を営む会社だったこともあり、唐神氏の中には必然的に家業を継ぐという選択肢も物心がついた頃からあった。

「大学卒業後はいつか自分で商売をやりたいという思いと、家業をいつかは継ぐかもしれないので商売の基本を学んでおきたい、そして活躍しているOBに憧れて三菱商事に入社しました」

配属されたのは穀物の輸入や取引に関する部署。仕事相手は南米やアメリカの穀物生産者や貿易関係者だ。

「つまらなくはないけど、楽しくもないみたいな。目の前の仕事をこなすことばかり考えていて100%でやれていなかったと思います」

 

月曜日の朝9時30分から金曜日の17時30分まで変化のない毎日をただ淡々とこなす日々に焦りを感じていた唐神氏。学生時代の自分とはかけ離れた姿に自分自身が耐えきれなくなっていた。そんな時、唐神氏が「自分の原点です」と語る実家に帰省する。リビングや自身の部屋には学生時代に獲得した数多くのトロフィーやメダル、賞状が所狭しと並んでいる。

「学生時代はあんなに頑張っていたのに今の自分は何やってんだろって思ったんです。家業を創業した祖父に今の自分を見せられるかなって」

自分の中の理想と現実とのギャップに対する焦りや自身への嫌悪感。

そんな中、唐神氏は「2016年こそは人生を大きく変えてみせる」と誓う。

その1週間後、プルデンシャル生命から運命の電話が鳴る。

転職を決めていたわけでもなく、何気なく訪れた説明会で唐神氏の心は決まった。

「その時に金魚鉢の話をされたんですね。金魚のサイズを決めるのはどんな金魚鉢にいるか。大きい水槽に入れればドンドン大きくなるし、池で育てる金魚はもっと大きくなる。環境で自分の可能性が決まってしまう。これは人間も同じだよって話をされたんです。そこでグサって来て、心掴まれてしまったんですよね。三菱商事という環境、金魚鉢にいることによって可能性を潰されてしまってるなって思ったんです」

そしてもう一つ、唐神の頭をよぎったのは母親と祖母の顔だった。

「今までの進路を決めるにあたって、ずっと母親と祖母の顔色を伺って来たなって。まだ2年も務めてない三菱商事を辞めてプルデンシャルに行くのを親が納得するかな?って考えた時に、金魚鉢の話をされてあっこれも金魚鉢だって気付いたんです。知らず知らずのうちに親という金魚鉢ができていました」

運命よりBIGに。

誰もがやりたいことに挑戦できる社会を作りたい。

「運命よりBIGに。これが僕のモットーです。僕がその都度イメージするカッコいい男を追い求めるのが僕の人生です。その過程で必要な苦労は喜んでします」

屈託のない笑顔でそう答える唐神氏のビジョンは実にクリアだ。

「僕はヒーローになりたいんです。目標はアイアンマン。今の社会はあんな大人になりたいって思わせてくれる大人がいない。だから僕は自分のやりたいことを思いっきりやって楽しく生きる。それを見た人が本当にやりたいことにチャレンジするきっかけになればいいなって思ってます。いつまでもバカみたいに、カッコいい大人になりたいって言い続けられる大人になりたいです。現実的じゃない夢を語ることは世間知らずみたいな風習を変えたいんです」

そんな唐神氏はプルデンシャル生命に転職してわずか1年3ヶ月足らずで圧倒的な成績を収める。その秘訣はなんなのか。

「やると決めた事をやり続けられるかどうかだけだと思います。そして誤解と不明点が多いのが保険。それをクリアにしてあげるだけです。結局は誰から入るかといつ入るかだけなので、僕の事を信頼していただけるように僕は頑張るだけです」

かっこいい男になりたい。そんな理想を実現できる環境として飛び込んだ世界。

「保険業界のあり方を変えたいと本気で思っています。でも1位になるのが目標ではないんです。自分でやると決めたことをやり続けるだけ。あくまでも僕の理想を叶える手段の一つなんです。」

 

圧倒的な成果を出しながらも止まることなく理想は常に進化し続ける。

理想への道のりはまだ始まったばかりだ。

<原稿:2018年5月更新>

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