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自分を変えるチャンスは自分で掴み取るしかない。

ずっと受け身だった男が切り開いた本気の人生。

いつか自分にもチャンスの波がやってくる。

多くの人はそうやって指をくわえて待っているうちに、

チャンスを見過ごしてしまう。

本当に自分を変えたければ、波は自分で起こせばいい。

現在、プルデンシャル生命で活躍中の前田勇太朗氏も

かつては何となく過ぎていく日々の中で、

「いつか自分にも波がやってくるはずだ」と

根拠もなく待っているだけの一人だった。

だが、彼はもう波を待つことなどしない。

今、男は自分で自分の航路を切り開いている。

 前田  勇太朗/  MAEDA YUTARO

1990年7月産まれ。福井県出身。大学卒業後、電力系会社で経理を経験した後、2016年9月、プルデンシャル生命保険株式会社に転職。

ずっと自分の将来が見えなかった。

充実した毎日の中で感じた小さな不安と焦り。

一体俺の波はいつ来るんだろう。社会人3年目、25歳を迎えた前田氏はぼんやりとそんなことを考えていた。大学卒業後、地元で評判の電力系会社に入社。仕事も覚え、趣味も充実し、毎日を特に不満もなく暮していた。

だがその一方で、胸の内はいつも焦燥でざわめいていた。父方も母方も祖父は経営者。自営業の家系で生まれ育った前田氏は、小さな頃から父親の後ろにくっついて、客先を一緒に回ったりしていた。仕事を本気で楽しんでいる大人たちを間近で見てきたからこそ、いずれ自分も独立をという気持ちは強かった。

「とは言うものの何か行動を起こすわけでもなく、日々サラリーマンとしてごく普通に過ごしていて。週末の楽しみは、大学の終わり頃から始めたサーフィン。週末になったらボードを携え海で遊んでいました。そういう毎日は確かに楽しかったけれど、一方でこういう日々が延々と続いて、その先に何があるのかはまるで見えなかった。海にぷかぷかと身体を浮かべながら、『一体俺の波はいつ来るんだろう?』なんてことをぼんやりと考えていました」

そんなときに出会ったのが、現在の上長にあたる支社長だった。彼に誘われ、前田氏はプルデンシャル生命の選考を受けてみることとなった。とは言え、転職するつもりも、保険への興味も一切なかった。あくまで付き合い半分。そんな軽い気持ちで同社を訪ねた前田氏は、そこで今まで感じたことのないような衝撃を受けた。

「そのとき、社内の表彰式の様子をおさめたビデオを見せてもらったんですけど、そこに出てくる人たちがみんなキラキラしていて。ここまでのエネルギーを持って働いている人に僕は今まで出会ったことがなかった。ちょうど自分の将来について悶々としていた時期だったからこそ、本気で仕事に打ち込んでいる人たちの眩しい姿が、僕の胸に突き刺さりました」

このまま口だけの人間で終わりたくない。

不完全燃焼だった人生を変えるときがやってきた。

前田氏が、エネルギッシュに人生を謳歌する同社の営業マンたちに強く惹かれたのには、彼の半生に理由があるのかもしれない。もともと学生時代は野球少年だった。小学生の頃から野球一筋。高校2年のときには、所属する野球部の副キャプテンを任された。

「今でもよく覚えているのが副キャプテンになって最初の試合。僕のエラーが原因で、サヨナラ負けをしてしまったんです。タラレバですが、あと一歩前に踏み込んでいたら捕球できていたかもしれないのに。そのときのミスが自分の中ではすごく大きくて、以来、ずっと自分に自信を持てないまま過ごしていました」

気づいたらプロ野球選手になりたいという夢もすっかり口にしないようになっていた。今となっては「本気で目指していたのかどうかもわからない」と前田氏は振り返る。現役最後の試合は、ベンチで見守った。敗北が決まった瞬間は、消化しきれない物足りなさが胸の内にこびりついていた。大好きだった野球を不完全燃焼で終えた後悔が、ずっとくすぶっていたのかもしれない。転職は、自分の人生を完全燃焼するためのチャンスだった。

「それでも転職を決断するまでには相当時間がかかりました。実は一度途中で選考を辞退しているんですよ。そこから半年くらい何もしない時期があって。口では自分と変えたいと言いつつも、結局ひとりでは何もできなかった。それで、もう一度所長に声をかけてもらったときに、やっと腹が決まったんです。とにかく前に一歩踏み込まないと、自分は何も変わらないって。このままだと、結局何もしないまま20代をズルズル終えてしまうような気がした。独立したいなんて言う人は山ほどいるけど、大抵が結局口だけで何も行動に移さない。そういう口だけの人間になりたくなくて、転職を決意しました」

あと一歩の踏み込みが足りなくて捕り逃した痛恨のエラー。もう二度と同じ失敗はしない。今度こそ前に踏み込んでチャンスを捕まえる。青春の日々に置いてきた忘れ物を取り返すときがやってきたのだ。

自分で一歩踏み出したから見える景色がある。

今、毎日がめちゃくちゃ面白い。

そこからの前田氏は、まるでスポンジのように素直に周りの教えを吸収した。前職は経理。営業は未経験だ。不要な固定観念がない分、とにかく言われたことを素直に実行した。

「実績も何もない分、プレッシャーもゼロ。むしろここで自分はどうなるのか楽しみという気持ちの方が大きかったかもしれない。不安半分、ワクワク半分という感じで。今は完全にワクワクが上回っています。毎日がめちゃくちゃ面白いですね」

刺激になったのは、同期の存在だ。同じタイミングで入社した同僚の立石裕昭氏は絶好の競争相手。同社では、毎週3件、新規の契約をお預かりするという社内表彰基準がある。多くの新人が途中で脱落するところを、前田氏は常に立石氏と競い合い、お互いの進捗を共有することでモチベーションに変えた。結果、50週連続で達成。根気と負けん気を武器に、1年目にして年間の社内表彰の基準も突破した。

「同期の支えは、すごく励みになりました。正直に言うと、この転職については両親も決して良い顔はしなかった。地元でも優良企業として知られる会社を飛び出して、不安定な道に行くわけですから、親としては心配して当然ですよね。だからこそ、ちゃんと結果を出さなければという意地があったので、無事に入賞できたときは嬉しいというよりも、ほっとした気持ちの方が大きかったです」

営業を始めて、もうすぐ2年が経つ。経理職に就いていた頃には感じることのできなかった喜びが、今の自身を支えている。

「月並みですけど、嬉しいのはお客様から『お願いします』と言っていただけたとき。僕はご契約の前に必ずお客様に『良かったら僕と握手してください』ってお伝えするんです。そこで目を見てがっちり握手ができたときは報われた気持ちになりますし、何よりもお客様の人生をお預かりする責任を実感します」

そう語る表情には、いつか波が来ることを受け身で待っていた頃の面影はない。不完全燃焼だった人生を今、前田氏は自らの情熱で燃やし尽くしている。

「僕の中でカッコいい大人と言うと、祖父の姿が思い浮かぶんです。経営者だった祖父は若い頃から苦労も多く、よく僕に『人生は修行や』って言っていた。今、周りを見渡しても、僕がキラキラしているなと憧れていた人たちは、みんなその裏側ですごく苦労しているんですよね。だから僕もたとえ厳しい環境でも、それを自分が輝くための燃料に変えるつもりでやっています」

いつだって人生において大事なことは、自分が主体者となって、どんな逆境もプラスに変えることだ。

「この仕事をしていると、本当だったら出会うはずのない人たちと出会えるし、将来を任せてもらえる。それが今は楽しくて仕方ないです。僕と関わった人にはみんな幸せになってほしいし、保険以外でも困ったことがあれば何でも相談してほしい。そうやってみんなが幸せにつながることができて、お互い刺激を与え合えたら最高だなって思います」

そのためにもまずは自分が信頼に値する男になること。そう自らに言い聞かせ、男は表情を引き締める。もうどんな球にも腰が引けることなんてない。前田氏は一歩前に踏み出し、苦難にも好機にも全力でぶつかっていく。

<原稿:2018年5月更新>

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