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嫌われることが人一倍苦手だった男は、

なぜ「嫌われやすい」生命保険の仕事を天職にしたのか?

ずっと嫌われることが怖かった。

周りの顔色を窺って、

自分の素直な気持ちを出すことが苦手だった。

そんな大田智也氏が、

一般的に「嫌われやすい」生命保険の営業を務めているのには、

理由があった。外資系生命保険で活躍する31歳が背負う、

大切な想いを聞いた。

 大田  智也/ OTA TOMOYA

1987年2月生まれ。大阪府出身。学生ラグビーの世界で活躍した後、株式会社NTTドコモに就職。2016年7月、外資系生命保険会社に転職。

約4000人の全営業マンの中で上位3%に。2018年よりMDRTに入会。

※MDRT:国際的に展開する、卓越した生命保険及び金融サービス専門家のみ入会できる組織。

このままじゃずっと自分は変わらない。

弱い自分との決別を懸けた29歳の転職。

大田氏が、8年間勤めた株式会社NTTドコモを退社したのは、29歳のとき。前職に不満なんて一切なかった。日本最大手のブランド力に、恵まれた環境。このままずっと安定した生活を送っていくのだと、他ならぬ本人がそう信じ込んでいた。そんな中で、30歳という大台を前に男が転職を考えたのは、「自分自身を変えたい」という想いがあったからだ。

「初めて、今の会社の支社長に会ったときに言われたのが、『熱量ないね』の一言。『今まで何かに本気で取り組んだことないだろ』って言われて。自分自身のこれまでの人生をすごく考えさせられました」

大田氏は中学からラグビーを始め、名門・大阪工業大学高校(現:常翔学園高校)に進学。チームは全国3位に輝き、大田氏自身もU17やU19等の日本代表に選ばれ続け、高い実績を残した。その華々しい経歴の裏側で、その後進学した法政大学では、常に怪我に見舞われるなど苦難も多かった。

「学生時代は日本一を目指して一生懸命やっているつもりでした。でも本当に100%出し切れたのかと聞かれると、自信をもって返事が出来ませんでした。今思えば僕は弱いところがあるので、本気を出して失敗するのが怖いとか、そういう後ろ向きな気持ちが少なからずあったと思うんですよね。支社長と出会って、そんな自分の弱さを改めて突きつけられた気がしました。」

外資系生命保険は、フルコミッションの厳しい世界。やった分だけ報酬として返ってくるが、一方で成果が出なければ途端に生活が立ちゆかなくなる。NTTドコモにいれば、しなくてもすむ苦労をわざわざ買って出るようなものだ。当然、大田氏は悩み果てた。

「それでもやろうと決めたのは、このままじゃいつまで経っても自分は変わらないなと思ったから。フランスの哲学者・ルソーの言葉に『Living is not breathing but doing』というのがあって。『生きるとは呼吸することではない。行動することだ』っていう意味なんですけど。僕はこの言葉が昔から好きで。自分は弱いから、怠けようと思ったらどこまでも怠けてしまう。動き続けないと成長が止まってしまうということは自分でも自覚していました。前職は本当にいい会社でしたけど、自分が成長していないと感じる場面も確かに多く、こんな弱い自分を変えるためには、今の環境を変える必要があるなと思ったんです。」

俺ももっと頑張らなあかんと思った。

仕事の意義を知った、級友との熱い握手。

だが、生命保険の営業に対する一般的なイメージは、必ずしも良いものではない。自らを「弱い」と自覚する大田氏にとっては、心理的なハードルの高い職種だ。事実、入社早々、厳しい洗礼を受けたこともある。

 「営業を始めて間もない頃。2日間で18人の知り合いと商談の約束をしていたんです。でも、結局会えたのは10人だけ。残りの8人は当日キャンセル。しかもそのうちの6人が時間になっても約束の場所に来なくて、連絡もとれずじまいでした。僕はその現実に打ちのめされて、小雨降る夜の新宿でしばらく茫然と立ち尽くしたのを覚えています(笑)」

 ずっと人に嫌われないよう必死に立ち振る舞ってきた大田氏にとって、こんなにも人からの拒否反応を受けるのは初めてのことだった。

掲げた決意の旗が折れてしまっても無理はない。だが、大田氏はそこで諦めなかった。

 「変わりたいと決めて始めた仕事。そう簡単には負けられないという思いはありました。」

 そんな大田氏に、仕事の喜びを教えてくれる出会いがあった。

「立ち尽くした日の二日後、ある人と会う機会があったんです。在学時は特別親しいわけでもなかった大学の同級生。でもそんな彼が僕から保険に入ってくれたんです。理由を聞いたら、『保険のイメージが変わって、良さを知れたから。それに同級生がこんなに頑張っているのが嬉しかった』『俺ももっと頑張らなあかんと思った。ありがとう』と彼の方から握手をしてくれました。もう僕は胸がいっぱいになって、めちゃくちゃ泣いちゃったんですよ。あのときからですね、今まで以上にもっと真剣に仕事に取り組まなくちゃって思えるようになったのは。」

 ずっと人の心に踏み込むことが怖かった。だが、今はもう不要な遠慮はしない。

 「営業中も、相手に踏み込むと、時に嫌われることがある。でも、それがその人のためになるなら、恐れず踏み込みます。それが僕の使命だと思っているので。大事なのは保険を売ることではなくて、目の前の人にとって何かしら役に立てること。結局嫌われるのが怖かったのって、自分のことばかり考えていたからなんですよね。今はいつもFor Youで考えているから、怖くはないんです。」

関わるすべての人に笑顔を。

そのために常にFor Youで行動し続ける。

その優れた活動実績が認められ、生命保険のプロフェッショナルの証と言われるMDRTにも入会。入社から1年半を経て、弱かった自分から着実に脱皮を図りつつある大田氏。その成長を支えるものは、いったい何だろうか。

「実は転職のもうひとつのきっかけに、弟のことがあるんです」

そう大田氏は語りはじめた。

「両親が大きな借金を抱えてしまって。僕には、5つ離れた弟がいるんですけど、弟の大学の学費は僕が働きながら工面していました。入学金含め3年間は何とかできたのですが、最後1年間の学費を全額背負う余裕はなくなっていたんです。両親に、もうこれ以上の支援はできないと話をしたところ、なんとかすると言ってくれたので安心しきっていました。でも実際はお金を用立て出来ず、弟は大学を辞めざるを得なくなったんです。その話を弟から半年後に電話で聞かされたとき、涙が止まりませんでした。僕が借金さえすれば弟は卒業できたのに。『こんなお兄ちゃんでごめん』って、ただただ受話器の向こうにいる弟に謝り続けました。今でも後悔しています。」

大田氏が現職に転職すると決めたときも、唯一応援してくれたのが弟だった。「お兄ちゃんなら絶対成功するから」。そう背中を押してくれた弟の期待を裏切るわけにはいかない。背負うものがあるからこそ、人は強くなれる。

「弟の前ではカッコいい兄でいたいんです」

そうはにかむ大田氏が見据える理想像は、自分に関わるすべての人を笑顔にする、そんな男になることだ。

「ただの保険屋さんではなく、そこにプラスアルファの何かができる存在でありたいと思っているんです。悩み相談でも何でも構わない。僕ができることなら何でもやるし、僕の力では及ばない分野の話なら自分のネットワークを活用して力になってくれる人とつないであげたい。そうやってみんなでハッピーになれるのが僕の理想です。会社の看板じゃなく、大田智也という人間を求めてくれる人を増やすこと。それが一番幸せなことなんじゃないかと思うんです」

嫌われる怖さと引き換えに手に入れたのは、目の前にいる人のために全力を尽くすFor Youの心。周りの人の笑顔が、大田氏の一番の活力源だ。

<原稿:2018年5月更新>

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